2014年10月26日

自立

こんにちは。
久々に更新したら悩んでいる方たちからコメントをいただきました。ありがとうございます。
まだこのブログが役立っていることを嬉しく思います。
私は離婚を勧めているわけではありません。
結婚生活が見える相手との闘いだとすれば、離婚後は見えない自分の心との闘いです。
別れるという結論が出る離婚と違い、母子家庭になってからは精神的、経済的な不安や孤独感を長く味わうことになります。
あの人のせいで、とか、あの人はあんなに幸せなのになぜ私は?などと、自分の人生をは人のせいにしてしまいがちな人は離婚しないほうがいいかもしれません。
恨み辛みにしがみついていては幸せにはなれません。
DVをした夫が悪いのは当たり前、しかし、そこを見抜けずDVの暮らしに子供を巻き込んだ責任は親である自分にもあるのです。
一人で生きると決めた以上、子供にこれ以上間違った日常を経験させない覚悟が必要になるのではないかと思います。
とはいえ、最初から強い母ならDVに巻き込まれるわけもなく、もし新しい人生を選ぶ決意が出来たなら幸せに近付けるよう、一生懸命、必死になって、ヨレヨレになりながら母子家庭のお母さんとして頑張ってください。
お母さんが必死に育てている姿を子供は見つめています。頑張っている姿を学んでいます。
お父さんがいる家なら出来たかもしれない経験があるように、お母さんしかいない家でしか出来ない経験や絆があります。
子供は愛されるから愛することを学び、必死に暮らす姿をみて、働く事の意味を知るのです。
私が不安に感じていれば、子供は不満ばかりをもらし、憂鬱な時が続けば、ワガママを言って困る日が続きます。
自分の心を写し出す我が子を一日も早く安心させるために、寄りかかりたいと思う心から自立出来る強さを持ってほしいと思います。
私も他の母子家庭と同じように、先が見えないから迷い、でも暮らしていくために必死に毎日を過ごしてきました。
そして気が付いたら幸せの真ん中にいました。
寄り掛かる心を忘れていたら、私に寄り添うように子供が隣で助けてくれていました。

結婚していても、離婚しても、自分次第でたぶん人生は変わります。
切り開く事が出来たとき、幸せは隣あるかもしれません。


posted by ひとみ at 15:19| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月09日

お久しぶりです

何年ぶりに更新します。
もう、このブログを見ている人はほとんどいないと思いますが。

まず、旦那のもとを離れて8年になりました。
2歳だった子供は10歳になり、とても心優しい、よく笑う娘に成長しました。
普通より怖がりで、危険な事を察知して近づかない所は、パパの後遺症でもありますが、こんな時代には長所にもなるのではないかと見守っています。

そして、私は昔から勤めたかった企業に転職でき、毎日残業のため、時間との戦いをしながら暮らしています。
何でも理想通りにはいきませんよね。

もちろん、再婚はしませんでした。
転職が決まった時、これで再婚しなくてすむわぁ〜、と思いました。
恋のチャンスは何度となくあったのですが、いつの間にか私は男性より強く、逞しすぎる母になってしまったのか、誰と一緒にいても心から相手を求める気持ちはなくなってしまいました。
私の恋愛の第1章はやはり、彼が亡くなったことで終わったようです。
この前、彼が居なくなってから20回目の誕生日を迎えました。
もう、悲しくありません。
一生懸命頑張って寿命がきたときに、お迎えの約束があるなんて、素敵でしょ?
彼がわかるように若い頃の私になれますように。もう、その時は飽きるまで一緒に居たいと思います。

最近年をひしひしと感じるようになりました。
仕事の合間に病院にいけば、毎回当たりの再検査ばかり。
長年の無理が体に出る歳になってしまったんですね。
子育てが落ち着くまでは迎えに来なくていいよと、昔とは正反対の言葉を彼に話し掛ける日々です。

更新がなくて気にかけてくれた月子さん、ありがとうございます!
元気ですよ、まだまだ頑張りますよ。

posted by ひとみ at 20:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

意味

私は何のために産まれてきたんだろう?

悩んだ時にそう思う人もいるかもしれませんよね。
私は実はそう思ったことはありません。
何のためにここにいるのか、そう思ったことは数え切れず・・

視える彼が言っていました。

人はみんな目標を達成する為に生きている
その目標は死んでから思い出す

死んでから思い出しても遅くない?
が私の意見でしたが、聞いてみたくなりました。

あの人は若くして死ぬ為に生まれてきたんですか?
目標は達成出来たの?

全てが中断されて終わった人生の目標って何なのか興味がありました。

彼の生まれてきた目標は
「全てを中途半端な状態で終えること」
でした。
そんな目標ってアリ?って思いませんか?
彼は目標達成です。
一般的な寿命にも届かず、結婚もせず、子どもを抱く事も無く、一瞬にして見事に人生が中途半端に幕を下ろしました。
彼は今またいつか生きる為にお勉強中だそうです。

私にメッセージは?

と聞いても

今忙しいからあとで

だそうな。
死んでからずっと私の隣にいたから成仏してからは忙しいのだそう。

でも最近は、おはよう、くらいしか話しかけていませんから!

と、見栄を張って、視える彼にちょっと嘘をついたら

えーいろいろ話しかけてきてうるさいって言ってますよ

と何でもばれてしまいます。
年に数回、死んだ彼との嘘のような会話を楽しめることも今の私の喜びです。
いずれみんなが経験する「大切な人の死」は
声を聞けず
触れることも出来ず
存在を感じる事もなく
今まで信じてきた価値観が崩れ
自分の時間が止まること
です。
最近、離婚や別れはどうという事ではない気がしてきました。
会おうと思えば会えて、声を聞こうと思えば聞ける。
噂も耳に入るし、存在もある。
こんな究極な結論ですが、死んでも、生きていても、縁があればまた繋がる事が出来るのではという、私の妄想です。
とはいえ、生き別れだからこそのいろんな感情があるのも十分承知しております。
相手が生きていればいろんなことが可能だから苦しいんですよね。
可能性のない別れが楽なのか、可能性が残っている別れが楽なのか。
難しいですね。別れのない人生を選択できたら楽なんですけどね。

いろんな事を考えて、経験して、学んで、寿命が来た時に私は彼に「目標達成!」と言いたい。
それが出来るまで何が何でも頑張りますよ。
マイペースでじっくり正しい道を探していきます。


posted by ひとみ at 13:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

今年もお世話になりました

さて、今年何回更新したのでしょうか・・・
滞りすぎてごめんなさい。
今年のクリスマスは高熱によりダウンでしたが、子どもにはちゃんとサンタがやってきました。
狭い家の中、クリスマスプレゼントをどこに隠しておくか必死な私ですが、なんとか終了。
彼女は毎日ニコニコ明るく、そして大人の言う事を一切聞かない変わらずマイペースな少女に成長しています。
反面、お友達は大切にしているようで、私の体調が悪い時は家事もやるという、とても不思議な少女です。
私の分析では、彼女は子どもの心と、ものすごく大人の心があるような、明るいけど冷静、大胆だけど怖がり、これが成長期の女の子なのかもしれないと日々研究しています。
早く大人になりたいと願っていた子供の頃の私とは違い、いつまでも子どもでいたいと思っているように見える彼女は8歳になりました。
私が8歳の頃は家に帰るのがイヤで、家族に対する期待を無くしていた時期のような気がするので、たぶん彼女は順調に成長しているのでしょう。毎日ママの仕事がお休みならいいのに・・・と言っていますから。
今年の私はなんら変わりなく、社内では「目指せ美魔女!」「いい加減再婚しろ!」などいろいろ言われておりますが、当の本人のエンジンがかからずマイペースに暮らしています。
私にとっては今が彼が亡くなって失っていた自分自身を取り戻す大事な時間であり、そこに「彼」や「旦那」は今のところ不可欠なものではなく、好きなように暮らし、好きな事をして、たまに新しい事に挑戦する程度で十分なようです。
お正月が近づくと若き頃の自分が着物を着て彼と楽しげに初詣に行っていた優しい記憶を思い出し、ぬくもりを思い出し、彼の背の高さを思い出し、あの頃の温かさを思い癒されます。
また来年も季節が巡るたびに悲しみではない思い出が私を温めてくれるような気がしています。
最近、再婚しなかった未亡人はこんな感じに時が流れていくのではないか?と想像しています。
とはいえ、新しい出会いを拒否している事はなく、ただ出会いがないだけなんですけどね。
仕事・スーパー・学童の往復じゃ期待は出来ませんが・・

求めるばかりでなく与える

今年の私の結論はこれでした。
子どもが親から巣立つのは金銭・肉体・精神の自立なのでしょうが、もうその点はクリアしている大人の自立は無いものを無理に手に入れたいと不満に思うことなく、手の中にある幸せを育てる事なのではないか。
そんな気がします。
来年も宜しくお願いします。

ひとみ



posted by ひとみ at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月21日

久々

久々の更新です。
仕事が忙しくて・・・というか今まではこなせたはずなのに年なんでしょうね。
20日間連勤なんて事になると体調が戻るのに1ヶ月かかるという、今年に入ってますます年齢を感じるようになりました。
さて、最近の心境は「オトコはいらないけど家族は増やしたい」です。
なんて都合のいい事を言っているのでしょう。
しかしながら、これが正直な気持ちです。
やりたい事はたくさんあるけど子供をそのペースに巻き込むのも気が引けるから「家族のような人がほしい」という結論に達しました。
男女問わず、です。
気兼ねない関係っていいですよね。
私の両親は残りの人生を二人で楽しむ事に決めていますし、気兼ねのない関係の人にはなりません。
私も新しいコミュニティーを求めて動き出す時期に入ったようです。
子供の手が離れた時に一緒にお茶を飲んだりできるような。
当たり前に声を掛け合えるような。
友達はたくさんいますが友達は自分達の家庭がありますから、私がお邪魔するのも気が引けます。
気兼ねない、がどんな人が当てはまり、どんな環境なのかを模索しています。
正直家の中でできる趣味では物足りなくなってしまったのかも?
一人が好きな私は読書もお菓子作りもヨガもピアノも、今まで誰かに関わらずにやれる趣味として楽しむ事が出来ました。
子供が自分の世界を広げていく中で、私だけが自分の世界にどっぷり浸かっている事を変える時期が来たような、そんな気がしています。
親離れ大歓迎!
まだまだ子供はべったりですが、今は二人きりの小さな家庭を少し大きくしてみたい。
オトコに限らずです。
それがキーワードですかね。
多少力持ちの方が私の生活には役立ちますけど。
posted by ひとみ at 11:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月04日

18回目

すっかり繁忙期につき滞っております・・・。
コメントのお返事、必ず書きますのでもう少しお待ちください。

本日は18回目の命日となります。
いつの間にかこんなに年を取っていました。

あの頃学生だった私は離れているのに彼が死んだ事を感じていました。
私にだけ病院独特のにおいがしてきた事をいまだに鮮明に思い出します。
病院に連絡するとまさにその時でした。
虫の知らせとはそういうものなのですね。
もう目が覚めなくても生きていてほしかったと当時は思いましたが、最近視える彼と出会い、死んでいても15,6年そばにいたと聞いて大人になった私は気の毒な事をしたと感じました。
どうやら私も彼も、話しかけても答えられない、触りたくても触れない、たまにしか互いの存在を感じない暮らしをして堕ちるところまで堕ちていったようでした。
私は占いや、霊能者のようなものを信じていませんが、視える彼と出会えたことは人生の区切りになりました。
視える彼が話す亡くなった彼の台詞は当時のままで、あの頃の記憶もきっちり話す視える彼は、キャラが違いすぎて嘘を言っているとは思えないギャップがあり信頼せずにはいられません。
私が心の中で大事に温めてきた彼を、そんな風に思い返すのは私しかいないのです。
長い年月が経ち、知人達は彼の一部分を思い出すことはあっても、日常的に彼を思うことなどなくなっていることでしょう。
そして、私もあと10年、20年と時間が経てばそんな知人達の仲間入りをやっと出来るようになるのではないかと今は思えています。
しつこいくらい長い時間後悔し続けた時間でしたが、やっともらえた答えを胸に日々幸せに暮らしています。
時間が解決すると人はよく言いますが、私はやっと「時間が解決する」事を実感しております。
もう私は闇の中にはいません。
生きていくことは難しい。
それでも思い出があるから強く生きていけるのだと今の私は思っています。


posted by ひとみ at 11:58| Comment(10) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月08日

幸せな家庭とは?

離婚が成立して何年でしたっけ?
4年くらいですか。3年?
そんなことも忘れてしまうくらい何も考えていない我が家にはいつも来客があります。
今週こそ子供とダラダラ休日を過ごす!と決めていても昔ながらの友人達の来客。
旦那がいないこともあり、私が基本的に子供と二人で家にいることを好む事もあり、悩み相談の駆け込み寺のようになっています。
しかも、そ〜っと入ってくる友人もいたりして、居間のドアを開けられてビックリ!何てことも。実家のようですね。
かれこれ3ヶ月間旦那との関係に悩む彼女も平日に現れたり、休日の夜に現れたりと度々訪れます。
夫婦間の危機が訪れたきっかけは「飼い犬に手を噛まれた」的なカカァ殿下の彼女ならではな喧嘩でした。
まぁしばらくすれば納まるでしょうとのん気に構えていましたが、そのきっかけから転がり落ちるように心のすれ違いが始まり、旦那の社会的環境も変わり、GWに仲良く家族旅行をしていた家庭は傾きかけています。
彼女は幼少期からいつも一人で、食事はスーパーの惣菜ばかり、寂しい気持ちを持ち続けて育ちました。
家庭に対する憧れが強く、家事も熱心に取り組み、仕事もきっちりこなし、休日には家族でどこかに行ったり、旦那にも仕事より家庭を大事にしてほしいと願っているタイプです。
旦那といえば昔からおっとり優しく、こだわりのないタイプ。
こんな旦那なら再婚してもいいな、と安心を絵に描いたような人でしたが、社会的な地位を得て、お金が自由になるようになった頃から、家庭より「付き合い」を優先するようになりました。
私からすれば、地位が高いほど付き合いも多くなり、所得が上がるほど出費も増えるのは当たり前な感覚ですが、子供の頃からの孤独を背負った妻には「ドタキャン」や「予定の変更」「家庭より付き合い優先」は許すことの出来ない裏切りなのかもしれません。
しかしながら、仕事と家庭を比べる事も難しく、もしかしたら今まで家庭を優先して尻に敷かれてきた旦那の遅い反抗期かもしれないと思いました。
話を聞いても夫婦間へのアドバイスなどあるわけもなく、長年一緒にいれば互いの立場や環境は変化していくものだし、彼女の言う「幸せな家庭像」を変えるのが一番手っ取り早いのではないかと感じました。
寂しかった幼少期は彼女のせいでもないけど旦那のせいでもない。
まずはその寂しさを受け入れて消化して、いつも一緒なだけが「幸せな家庭」ではなく、お互いの妥協点を見つけ出せるくらい彼女自身が強くなる事。
一人で立つ事ができなければ、寄り掛かられていた人が倒れればみんな倒れてしまいます。
家族一緒に何かをしたり、旅行に行ったり、どんなに彼女が理想を旦那に訴えても、旦那自身が今はそれを望んでいないなら、彼女の寂しさは募るばかりでしょう。
自分のトラウマを乗り越える事は難しい。
けれど、自分自身がトラウマを認めて、相手の存在を受け入れたときに「幸せな互いに無理のない家庭」が手に入るのではないかと思いました。
のんびりした私の結論はせっかちな人には苦痛ですね。
結論が出るのに数年、十数年はかかるでしょうから。
まぁDV夫にはどんなに時間をかけてもそれは望めませんけどね。


posted by ひとみ at 11:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月28日

再婚について

結婚していると誰かに寄り掛かるのは当たり前になっています。
習慣とは怖いものです。
どんな相手でも、どうしてこうしてくれないんだろう、こう言ってほしかった、と考えるものです。
一緒にいるのが子供だけになると、なんでちゃんとやらないの!と叱る事はありますが、それを根に持つことはありません。
子供は私無しには生活できない存在だからです。
どんなに反抗しても、私が道を誤れば同じように堕ちて行き、人並みに暮らせばそれなりに暮らせる、一定の年齢になるまでは私次第で子供の人生も変わってしまうものです。
子供は最終的には必ず守らなくてはいけない存在で、その為にどんどん逞しくなってしまった母。
私より年上の友人達も、私同様暮らしの中に男性を必要としていません。
私と違うところは、必要とはしていなくても出会いの機会を大切にしているところでしょうか。
そんな努力をエライ!と感じますが、「いい人がいるんだけど会ってみない?」と聞かれても面倒に感じる私はまさしく干物女なのかも。
もしも再婚する事があるなら本当に好きな人としてみたいです。
元旦那に失礼ですね。
でも、亡くなった彼の記憶も、私の中での彼の存在も大きすぎて、それを上回る人と出会わない限り、再婚に踏み切る事はないと思います。
もうほとんどの事を当たり前にこなせるようになり、できなくても不自由さを感じなくなった今、何かをしてほしいから一緒にいてくれる人はいりません。
一人もいいけど、一緒にいるともっといい人なら考えます。
子供のように手放しで安心できる人が現れたらラッキーですね。

気持ちが自立した今だからいろんなものが見えるようになりました。
依存する心も、欲求もいつの間にかなくなって、何も考えることがないのが私の幸せです。



posted by ひとみ at 11:03| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月27日

振り返り

もう離婚して、落ち着いた暮らしを取り戻し、日々平凡に暮らしています。
更新も滞っているし閉鎖も考えましたが、たまに現在進行形で戦っている方からもコメントをいただいたりして、まだブログを続けていこうかと最近は考えています。

たぶん、離婚後に穏やかに過ごす母子家庭は少なく、みんな何かしら悩んだり迷ったりしているのでしょう。
私がここまで立ち直ったり理由の一つに「結婚も離婚も諦めがついた」という事があるのだと思います。
今振り返っても結婚生活は大変でした。
何が、ではなくすべてがです。
気持ちも体も限界まで頑張りました。
旦那との家庭を築く事を何年もかけて諦める為に頑張ったようなものでした。
離婚もすんなり行くとは思っていませんでしたが、本当は必要なのではないかと思えるものを一つ一つ諦めて、どうしても手放せないものを見極めていく作業でした。
残ったのは子供と自由です。
失ったものは多かったけど、とてもシンプルにゼロから子供とやり直せた自分を誇りに思います。
離婚後に私が得たものは、子供と仕事、友情と、自由です。
意外にもこんなにありました。
はじめは自由に戸惑いました。
自由の隣にはいつも孤独がいました。
まだ会話の出来ない子供の世話をしながら、全てを背負って暮らす大変さを日々感じました。
私の気持ちをわかってくれる人は家の中にはいません。
でもその思いは、一緒にいてもわかってくれない大人が居るよりずっとマシだと思うようになりました。
一緒にいる孤独より、一人で頑張る孤独の方が私には有意義でした。
保育園には随分助けられました。
家族が少ない子供のもう一つの家族でした。
いまだに同級生のお母さんたちとも交流があります。
お互いの子供を理解し合い、一緒に子育てをした仲間はかけがえのない存在です。
今では、旦那ともめたから家出してきた!なんていう母もいたりして。
仕事にも助けられました。
私の結婚生活の中でも唯一自信を持てていた仕事です。
働けば収入になり、社会的信用も生まれる仕事は白黒がはっきりしていて私には合っています。
離婚してからの子供は私の宝であり、ストレスの原因にもなりました。
十代の頃に子供は難しいかもしれないと言われてから漠然と家族がほしいと思い続けて不妊治療を続けた約10年。
子供が生まれた日に「この子は一人で育てよう」と思いました。
初めて見る自分の子どもは想像以上に可愛く、大変でした。
たぶん、それなりに頑張れたのは若くして母になったわけでもなく、結婚生活で苦労した後での子育てで、私自身が我慢強くなっていたからなのだと思います。
子供を1人で見るということは、仕事も思うように出来ず、自分のやりたい事もやれず、表面には出さなくても私の気持ちが不安定だと子供は心の鏡のように不安定になることでした。
そしてそれがプレッシャーになることもあり、辛い日もあった様な気がします。
それでも、仕事で保育園や学童に迎えに行く時間が遅くなると、早く迎えに行かなきゃ!と焦り、生意気な事を言い続けても、離れてしまうと心配になったりと、暮らしの中での必需品となってくれた子供です。
いまだに抱っこされると赤ちゃんのように喜ぶ子供は私のストレスでもあり癒しなのだと思います。
私は今もいろんなことを諦めているのかもしれません。
割り切ると言った方が当てはまるでしょうか。
誰も子供の世話をしてくれる人がいないから・・と嘆くより、今私の手の中にある自由で満足し、お父さんがいれば・・と考えるより先に、自分で出来る事だけをする。
子供が多くを望んでも、家にはママは一人しかいないし、働いているのもママだけ、家のことをするのもママだけ、いろいろ希望は叶えたいけど無理だと思わない?と、自分の力のなさを認めています。
無理をしたら出来そうでも、その無理が私の大きなストレスになる可能性を秘めているかもしれないと判断したら諦めてもらいます。
私の口癖は「考えておくね」です。

離婚後は薔薇色の人生は待っていません。
結婚していた頃とは違うストレスや苦しみが同じくらい溢れているのかもしれません。
でも、今はすごくシンプルで、潔く、強く暮らしています。
薔薇色には届きませんけど、野原くらいにはいるかもしれません。
そのくらいで私には丁度いいのかも?
子供は毎日野原で本気で小人を探しています。
たまに四葉のクローバーをお土産で持ってきてくれます。







posted by ひとみ at 14:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 裁判離婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

再会・・

時間がなくてなかなか更新できませんが、視える彼との再会は毎回少しずつ書き溜めています。
その一部を。

彼と会う頻度はかなり減っている。
お互いの休みがうまく合わないからと、私が悩んでいないから。
久しぶりに休みが合い、ランチをしながら会う事にした。
相変わらず穏やかな彼は「最近引っ越したんです」と世間話をしばらくして、
実は、と話し始めた。
ひとみさんって早いんですよ。
普通の人と違うの。久しぶりに会ったら、あんなに不幸で寂しかったのに幸せのど真ん中に居るんだもん。
ビックリしてしまいました。
もう何も努力する必要はないですね。
円に例えるとその中心は本当の幸せでひとみさんはその中心に今いるんですよ。
そこに今の気持ちで努力しないで居続ける事が敢えて言うなら努力ですね。
真ん中に居る人は、何でも受け入れる、こだわりがなくなる、ほしいものもなくなる、結局幸せだから欲求が減るんです。そうすると何もしていないのにお金が少しずつ入ってくるようになる。
仕事も増やしてないのに何故かお金が溜まるようになるって意味がわかりませんけど。
僕も意味はわかりませんがそういう仕組みになってるんで・・・。
あんなに寂しかったのにもう寂しくなくなってしまいました。
彼はどうしてます?
必要な時はひとみさんのそばに居ますよ。
先週も彼がうちに挨拶に来ていましたよ、「今回もよろしくね」って。
彼愚痴をこぼしてましたよ、「あの世に行ったらいい女がいっぱいいるのかと思ったらいないねぇ」って。
バカだな・・
まだ成仏して間もないから生きている感覚が強いんですよ。
でも、彼はいまだに大好きなんでね。
ひとみさんにすごく感謝してるんですって。ずっと思い続けてくれて嬉しいって。
でも、生きてるときにその気持ちが見たかったって愚痴ってますけど。
これからも彼は必要な時にそばに居て見守り続けるでしょうね。
そういえば、もう5,6年前にひとみさんに命の危険があって、元気付けた事があるって言っていますよ。
彼の名前に関することなんですけど、不思議な事があったでしょ?

結婚していた頃、家事と子供の看病で眠る時間がなかった頃だ。
通院用のバッグから彼の名前が書かれているハンカチを見つけたことがあった。

あの時よくよく考えて私は夢遊病なんじゃ?と思いながら、でも筆跡が彼と同じだなぁと思っていました。
そうそう、その時、ひとみさんの生命の危機だったんですって。
このままだと危険だからっていろんな手を使って自分の方に気持ちを向かせて息が抜けるように、必死さから気持ちがそれるように頑張ったみたい。
彼、意外と頑張ってますね。
ひとみさんが気がついていないだけで彼もストーカー並みにそばに居るんですよ。
これからも今の状態から変わらないことを目標に暮らしてください。
それが一番難しいんですよ、本当はね。

彼を思い出すことはいまだに沢山あるけど、思い出してつらくなる事はなく、顔がほころんでいる事に先週気がつきました。
posted by ひとみ at 16:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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