2012年02月20日

コメントのお返事

こころさま

何かと落ち着かない日々を送っておられるのだと思います。
しかし、ここはしっかりと現実を見つめてください。
保護命令が出ているという時点で離婚は決まっているのです。
あとは条件だけ。
そして、コントロールされている自分に勝つ気力を失わない、これがとても大切だと思います。
裁判とは順調に進まなくて当たり前です。
話し合いが出来る夫婦は裁判なんてしません。
知人が間に入ってくれればなんとか治まるような夫婦なら調停でも決着はついたのです。
どんなに誰かが説得しても、どんなに話し合いをしたくても、どうにも出来なかった相手だから裁判をする事になったのです。
裁判で心の中を裁く事はできません。
ただ、ここまで話して決着がつかないくらい憎んでいるんだから修復は出来ないでしょう?と執着を法律で切り捨てる為の裁判です。
旦那様に今はただ付き合ってあげているだけなのです。
長い結婚生活を過ごしてきて、彼の執着がほどけていくのをずっと待ち続けるのが「今」なのだと思います。
こころさんが弱くなれば弱くなるほど旦那様は強くなっていくでしょう。
彼らは妻の弱さを見つけるのがとても得意です。
彼が最高裁まで、と言っても気にする必要はありません。
それはただの彼の意見です。
保護命令はDVの証拠があるから出たのです。
どんなにこころさんが心の中で旦那様を裏切っていたとしても、証拠のある暴力は裁判には勝てないのです。
どんなに正当化しても暴力がいけない事に気がついていない旦那様は負けなのです。
現実的な負けと、精神的な負けは違います。
まだ裁判が始まったばかりで条件を考える気持ちはわかりますが、旦那様は自営業なのに本当に養育費や慰謝料を支払ってくれるような相手なのでしょうか?
私の夫も同じでしたが、それは彼の気持ち次第ではないでしょうか?
ローンにしても、他の債務者が現れない限りローンはなくなりません。
正直それで裁判を長引かせるのは意味がないように思います。
養育費を請求すると子供との面会が請求されます。
自分は悪くないと思っている彼が、保護命令を武器に面会を拒否されて納得するのでしょうか?

裁判離婚で私は何一つ得をした事はありません。
でも、とても自由になりました。
彼の支払いを毎月待ち、もし支払われなければそこでまた悶々とする。
裁判中もそんな私が見えていました。
だから、彼に父親としての最後の権利も与えなかったのです。
何も悪くないと訴え続けた彼が妻も子供もなくし、心が落ち着いたときに感じてくれるであろう孤独が私が彼に与えた裁きです。
裁判で他人に押し付けられた答えより、自分自身で感じる答えの重さに気がついてくれることを願い、それを克服してまた幸せな家庭を築ける事を祈っております。
今は裁判中に反省したふりをしない旦那様に感謝してください。
とても妻達が弱っている事は経験しております。
少しでも反省したふりをされたらコントロールされた心は揺らいでしまいます。
またあの監視された空間に自分から戻ってしまいます。
怖くて悪い夫のままでいてくれたほうが裁判も有利です。
裁判官は調停中から決まっているのではないかと思われます。
私はずっと同じ方でした。
男性でも女性でも、DVを受けた人を見れば、どちらが嘘をついているかはわかりますからそこは気にしなくてもいいと思います。
大切なのは弁護士です。
厳しい事を書いているかもしれませんが、自分の人生の責任を取ることは簡単な事ではありません。
裁判は常にグレーなのです。






posted by ひとみ at 11:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 裁判離婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

変化

私自身が自分の変化に気がついたのはつい最近のことです。
気がついたら心が軽くなっていました。
彼が亡くなってから17年。
やはり視える彼との出会いは私にとって価値のある出来事だったのだと実感しております。

彼と出会って、今まで二人が寄り添って暮らしてきた事を知りました。
十数年の月日を恋人や夫婦が思い続けて寄り添うのは素晴らしい事ですが、私の場合は長い年月を寄り添う事でどんどん堕ちていきました。
それが生きている人と死んだ人の違いなんですね。
私が寄り添うのは死後の世界へ近づく事と同じでした。
視える彼が言っていた事を思い出します。

長い間一緒に居過ぎてもう悪い影響が出てきている

魂と寄り添いすぎて心の闇が膨らみすぎていました。
どんなに思い合っても、住む世界が違う人と結ばれる事はありません。
独り言で心がいっぱいになった時に「彼」が選んだ視える彼が「彼の言葉」を伝えてくれました。

今までいっぱい一人で頑張った
ずっとそばに居る
昔みたいに笑ってほしいから助けてくれる人を探してきた

許されている、と思いました。
彼が生きていた頃、何もしてあげられなかった自分が息も出来ないほど許せなかったのに、彼はずっと一緒にいてくれたのだと気がつきました。
うまく笑うことができなくなってから、写真に写ることも鏡を見ることもしなくなった私でしたが、彼が隣にいるかもしれないと鏡を見るようになりました。
救急車の音が聞こえても頭痛がしなくなりました。
生死をさまよった時に彼が言った言葉が頭の中に聞こえなくなりました。
たぶん長い間、私は彼の言葉が聞きたかっただけなのだと思いました。
後悔したまま消えた命をもう一度感じる事ができてから、話しかけなくてもそばに居てわかっている気がして話しかけなくなりました。

気がつくと変化が嫌いな私は変わっていました。
心が自由になったのがわかります。
もう覚えていませんが、たぶん、彼がまだ生きていた頃の私に近づいているような。
心の闇は薄れ、彼と見た景色が色づき、桜や海の色が心を温めてくれます。
季節を感じ、子供の成長を喜び、親の優しさもわかるようになりました。
16年もかかってしまいましたが、彼と出会い、死別し、苦しみ、死を受け入れられるようになった私はとんでもなく強くなりました。

まだ来るの早いよ
あとで迎えに行くから
またね

もういつ迎えに来るの?とは思わなくなりました。
その代わり、もし来世があるなら今度は必ず老いていくまで一緒にいたい。
来世でご褒美を貰えるように、強く潔く暮らしていこうと思います。



posted by ひとみ at 11:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

お久しぶりです

あけましておめでとうございます。
すっかり放置してしまいました。
昨年は何だか忙しかった・・・。
子供も保育園児から小学生になったからでしょうか。
保育園って楽チンでした、母が。

わが子は気まま自由人のマイペースを貫き、思いつきで小学校を脱走して危なく警察のお世話になりそうになったり、のほほーんと授業中に空想の世界に入り込み「空想でテストの答えを書く」なんていうある意味大物的な学校生活を送っています。
最近は苦しい言い逃れの「このコの個性なので」も通用しなくなってきて「お母さん、しっかりして」と学校にも学童にも少々叱られ気味の母でしたが、気長に社会性が身につく様子を眺めていこうと思っています。
私が焦っても、子供は脱走しては「ニコニコ」。テストで0点をとっても「想像してみた!」とニコニコ。
最近はあまり驚きな行動はしなくなりましたが、それはただ単に「寒いから」で春になったらまたろくでもないことをやりだすでしょう。
今現在冬休みを満喫しすぎて「勉強の方法」を忘れた模様です。
さすが。


そして、最近の私はたいした変化もありませんが、今まで以上に霊感が冴えるようになりまして、さっきも背中を撫でられたばかりですが、肩をトントンされたり、スキンシップが見えない方々と増えております。
子供にはその能力はない様子。
私は多分物心ついた頃からあったはずなので、私の代でこの能力は終了かな?と思っています。
最近は「お金持ちと結婚したら?」なんて子供にもからかわれておりますが、震災以降、日々逞しくなった私に「オトコは必要なのか」という根本的な疑問が浮んでいます。
ますます強く、楽観的になり、先の心配をほぼしなくなった私は「なんとかなる」と何も考える事がなくなってきました。
今の私はただ人生の流れに乗り、子供が健やかに自立できる心を身に付けてくれたら人生の勝負に勝った!といえる気がしております。
もう誰かに頼ったり、寄りかかったり、そんな気持ちが消えてしまいました。
消えないのは、亡くなった彼の幸せの記憶だけでしょうか。
もう悲しみにふける事はありませんが、彼の指輪を外す気にもなれず、淡々と暮らしております。
今日は何となく昔ながらの思い出の香水を少しだけつけてみました。
お正月になると一緒に行った初詣が毎年蘇って心が温まります。
今年もよろしくお願いします。






posted by ひとみ at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

再び

地震以来ばたばたしてブログのすっかり更新を怠っておりました。
と言っても、更新されないから遊びに来てくれる人もあまりいないとは思いますが、このブログは離婚後の私の足跡です。
ちょっとした私の独り言だと思っていただければ幸いです。

今は繁忙期の合間です。
地震後に視える彼からメールを頂き、2時間ほどお会いしました。
彼は明るく笑っていました。

よく笑うようになりましたね?

彼が口を大きく開けて笑うのを初めてみた気がしました。

そうなんですよ。
地震の来る2日前に「もう生き方を変えていい」って言われたんです。
意味のわからないことをまた言われてるって思ったんですけど、今回の地震が起きてわかりました。
今までは何も奪わない、何も持たない、何の特徴も必要ないと言われていましたから、変わっていいと思ったら気持ちが楽になりまして。
やっと自由になりました。

明るくなった彼は今までよりエネルギーが少し増えたように見えました。
今までの自分を捨てて変わることはきっと幸せになることなんだと思いました。

ひとみさんは最近いろんなことにチャレンジしていますね。
とてもそこを評価されていますよ。

最近追い詰められていると感じるほど家の物を処分しています。

地震によって今までの生き方を変えなくてはいけなくなったのはひとみさんも同じです。
とてもゴールに近づきましたよ、正直ビックリしました。
僕の予想ではあと3年くらいはかかると思っていましたが、また顔が優しくなりましたね。
本来の心に戻ってきましたね。この速さで行くと1年はかかりませんね。

別に変わってないですけど。

誰かに頼りたいという気持ちがなくなったでしょ?
あきらめたのかな

あー、地震で諦めました。
誰かに頼らなくても頑張れる母親になると決めたんです。
だから身軽になることにしました。
再婚もしなくていいかなって思っています。

そこですね。
前は頼りたい気持ちが70パーセントくらいだったのに今は無くなっています。
約束して彼は成仏してくれたので、進んでくれると彼も喜びますよ。

何を約束したんですか?

ひとみさんを必ず幸せな正しい道に戻し導く事を約束しました。
彼の望みはひとみさんが幸せになることだけです。
ひとみさんを間違った方に導くと彼はまた来ますから、これからもひとみさんにはお世話になります。よろしくお願いしますね。
お墓参りにも行ってくれているんですね、お義母さんも喜んでいますよ。

手ぶらのお墓参りですけどね。
いつも思いつきで行きます。

何も彼らはほしがっていませんから気持ちだけでいいですよ。
ただ、今まであまりにも心配しすぎてとても長い間一緒にいたから、気持ちはいつも一緒ですが存在をひとみさんに感じさせる事はほとんどなくなります。
2年前に会った時まではすべてに心を閉ざし止ったままでしたが、今いる道はとても正しい道です。
ひとみさんは「すべてを受け入れる」という魂の特徴を持っています。
今まではすべてを受け入れて自分から選択しなかったでしょ?それがゴールに着くと好きな事ができるようになりますよ。
もっとゴールに近づくためにチャレンジしてください。

一番苦手な事ですね。

そうでもないですよ。読書をした事も、家を片付けた事も、すべてが小さなチャレンジです。大きい事をするより小さな事を積み重ねる事が大切です。
髪を切ったり、服を変えることも効果があります。
実はお会いした時から見えている映像があって、女性に憧れられる女性になる事が求められているみたい。
あと、ひとみさんをお母さんにすると決めた子供がいるから、その子供が自分に合うお父さんを探しているようです。

子供に合うだけ?

そうですね。あんまりひとみさんの子供になるだけでお父さんとの相性は考えてないみたい。

手のかかる旦那だとまた離婚しますよ?もう一人で生きていけるってわかったから。

女って怖いなぁ。女性は女性らしくなるほどに強くなり、男は男らしくなるほど繊細で弱くなります。
ひとみさんは女性の中でもかなり女性らしいと言えますね。
人生の前半につらい事が多くて踏ん張ると、受け止める器がとても大きくなります。
いろんな事を体験し吸収できるようになる器です。

そういえば子供のときから私はプラスの思い、例えば楽しいとか嬉しいとかそういう温かい気持ちと正反対の事を考えていたと思います。

だからゴールにたどり着くと幸せな気持ちを経験できるようになるんですよ。
器は初めてお会いした時の3倍ほどになっています。
やっと進んでくれましたね。
10数年立ち止まったままの道をこれからはいつもどおり慎重に進んでくださいね。
今までが間違った道だったわけではありません。
ただ悲しみが深すぎで歩む事ができなかっただけですから。


大器晩成。
小さい頃から体が弱くて、亡くなった主治医の先生がいつも私に言っていました。
ひとみちゃんはいつか健康になれる。大器晩成型なんだよ。
全てにおいてマイペースで考えるスローな私もやっと30代後半で進み始める事ができたのかもしれません。
夏が近づき通勤の途中に彼との風景を思い出すのは今年も同じです。


posted by ひとみ at 09:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月12日

ビジョン

はじめに、東日本大震災において被災された皆様とそのご家族、ご友人すべての人々に光が見えてきますようお祈りいたします。


本州にお住まいの方々はどなたでも地震で今も不安な日々を過ごしているかと思います。
大きな被害のない私が泣き言を言うのもどうかと思いますが、それは母子家庭の独り言としてスルーしていただければと考えております。

大人になってから大きな災害にあったことがありませんでした。
自分の責任で何かが変わるような母という役割になってからは「離婚」以来の大事件でした。
今まで触れませんでしたが、私は東北に住んでいます。
被災した方々から近く、今回被害にあわれた地域にももちろん行った事があります。
若い頃の思い出は「東北1周旅行」。
当たり前に馴染みのある地域です。
各地域に亡くなった彼との思い出がありました。
裕福な時代に生まれ、食べ物がない、ガソリンがない、電気がない、水がない、こんな生活を想像した事がありませんでした。
寒い中子供と手をつなぎ、真っ暗なスーパーで数個の買い物をするために数時間並んだ時も「ママ、おしっこー」の一声で、前後に並んでいる人は私が買う商品を代わりに持ち、「懐中電灯貸すね」と渡してくれました。
災害の時は人の優しさが身に沁みますね。
小さな子供の手を引きながら災害時に買い物をする母親は少なく、まわりは大人が多かったからかもしれません。
「母子家庭です」の看板を下げて歩いているようでした。
地震当日は、正直何がなんだかよくわかりませんでした。
ただ、とんでもない事が起きたらしいという噂を聞いていました。
情報がないまま漠然と「これからどうなるんだろう」と、やっと買った蝋燭の灯りの中で思いました。
すぐ外に出られるように子供にはジャンプスーツを着せて寝かせました。
正直、災害の為の準備なんて何一つありませんでした。
ラジオは壊れていたし、携帯の充電器も使えませんでした。
懐中電灯も水も。
ただ偶然前日に食料品を買っていたので食料は少しありました。
翌朝、水がないと料理は難しい事に気がつきました。
調理具を洗えないからティッシュでふき取れて、食器が汚れないもの。
ガスがあればお米を炊けますが、米を炊いてしまったら洗えずに鍋がカピカピになってしまいます。
でもどうしても温かいものを子供に食べさせたかった事もあり、テフロンのフライパンで肉を焼き、サンドイッチを作りました。
災害をわかっていない子供は蝋燭に喜んでいましたが、私はもう翌日の朝にはくたびれていました。
電気がないことや水が出ないことにも少々疲れていましたが、それよりも「どうなるのかな」と話す相手がいないことで精神的に疲れていました。
母は不安がってはいけない。
母は頑張らなくてはいけない。
理性が強く働き、頑張らなきゃという自分に疲れたんでしょう。

ママがんばれ

自分を励ましつつ、安否の気になる友人に届くかわからないメールを送ります。
携帯は電波が少しずつなくなりました。
被災したわけじゃないのに、災害はこんなに心細くなるんですね。
友人に頼るのも災害時はNGだと思いました。
自分達家族の事で精一杯なのに、女一人で心細いからと言って迷惑をかけてはいけません。

もっともっと強くならねば

被災された母子家庭の母の責任の重さを思うと胸が痛みます。
自分の決断ですべてが決まる時、隣には相談する人がいないのですから。
「停電やだね」と一言話す人すら家にはいません。
隣に話す人がいると気がつかないのに、大人一人になると初めて気がつくんですよね。
別居したての頃、自由だけど寂しかったのはそれでした。
今回とは次元が違いますが・・・
大人はきちんと正しい距離を保ち、甘えすぎてはいけない。
甘えがちな母子家庭になったときに決めていました。
甘えていいのは家族だけです。





posted by ひとみ at 15:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

墓参り

いつも休みは予定に追われて墓参りが後回しになっていました。
日曜日は子供と二人きりで遊ぼうと決めていました。
朝から動物園に行き、久しぶりに天気のいい広い動物園を散歩気分で歩きました。
二人きりがこんなに幸せに感じる日が来るとは思っていませんでした。
お昼まで遊んで、生活用品を買いに行った時には子供は眠そうです。

「お墓参りに行く途中ちょっと寝る?」

今年は命日にもお墓参りをしていません。
車の助手席では子供が眠っているのに、彼とも通っていたお墓への道では運転する彼の幻が見えます。
私はあと何年彼の幻を見続けるんだろう、ふと思いましたが、幻が消える事も惜しく、ぬくもりを感じた事のある人を失うという事はきっとこういうことなのだと今更思いました。
お墓につき、掃除をしていると子供が起きてきました。

「お掃除する」

恒例の水遊びです。
塔婆を見て、今年もお父さんが供養している事を確認します。
生きている事が幸せな事なのか、誰もいなくなった家で暮らし続けるお父さんを思うとわからなくなる時があります。

自分の幸せをすべてあげてカップが空っぽにならないと人からの幸せをもらうことができない

視える彼の言葉を思い出し、本当に人は平等にできているのか疑問を抱きつつ

「なむなむしてね」

と手を合わせお墓を出ました。
何百回通ったかわからないこの道は昔から変わらず、過去に戻る入口のようです。
もう私は昔のように迷ってはいませんが、この道を通ると胸が痛く、何かに追われている気分になります。

退院したらすぐ結婚しよう

入院中に言った私のプロポーズを彼は覚えているのでしょうか。
立ち直っても寝たきりになった彼の顔はいまだ刻まれたままです。




posted by ひとみ at 11:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

再会 番外編

亡くなった彼は今も会いにきていますか?

我ながら青臭い事を聞いていると思う。
そんな十数年も昔の思いをいまだに持ち続けてほしいと願う私はわがままだ。
彼にいまだにそばにいてほしいと願う事はきっといい事ではない。

実は今まで気にすると思って言っていなかったんですが、僕とひとみさんと出会うまで彼は成仏していませんでした。
常にひとみさんと一緒。
何年も旦那さんに「離婚してほしい」と伝え続けたのは彼でした。
結婚している時のひとみさんが可哀相で彼は辛かったんです。
でも、彼が常に一緒にいることも、旦那さんの劣等感の強さも重なって、旦那さんはひとみさんが浮気をしていると信じていました。
彼が居続ける事の限界が近づいていたんです。
人は死んだら成仏しなくてはいけない。
どんなに思い合っていても、肉体のある人とない人が一緒にいることは害があるんです。
ひとみさんはどんどん落ち込みやすくなり笑わなくなった。
それが彼が一緒にいたことによる副作用です。
ひとみさんが「成仏しないで」と願い、彼は成仏しませんでした。
寂しいから一緒にいてくれなきゃイヤだというから、自分はもっと苦しいのに離れなかったんです。
今前進し始めたひとみさんに対する成仏した彼の願いは「強くなってほしい」という事です。
彼はひとみさんが頼って寄りかかるために十分その役目を果たしたから、もう誰かの為に命を削って頑張ったり、自分の事を二の次に考えることなく、自分の事を大切に出来るくらい強くなってほしいと願っています。

彼は生まれてきた意味があったんでしょうか

彼が生まれた理由はありません。
本当は生まれてくるはずじゃなかったんです。
でも生まれると決めたときから「短い人生を普通では有り得ないくらいに自由に楽しく生きる」と決めて、ひとみさんにとてもひどい事をされる事を願って生まれました。
彼は昔、反対の立場でひとみさんにひどい事をしたんです。
彼の短い人生でノルマを達成するためにはひとみさんにひどい事を言われ、ひどい事をされなくてはいけなかった。

・・・
そういえばどんなにひどい事をしても全くめげませんでした
でも、死んでから十数年苦しんだんだからフェアじゃないと思います

彼も成仏できなくて誰とも関われず、自由もなく、ひとみさんしかいない十数年は辛かったんですよ。


彼は見守っていてくれたわけじゃなかったんですね。
私が成仏しないでと願い続けたせいでそばを離れられなくなった霊だったんです。
そういうのなんて言うんでしたっけ?
死んでも私の言う事を聞くなんてお利口さんです。
でも、皆さんは誰かが亡くなっても「成仏したら絶対ダメ」なんて思わないでくださいね。

彼に聞きたい事あります?
何でも答えてくれますけど。

うーん
ちゃんといるなら別にないです

(苦笑い)
「この女いっつもこんなやつなんだよ 都合のいいときばかり頼る」って彼文句言っています。
彼、必要な時は必ず会いにきますから。惚れた弱みですね。





posted by ひとみ at 11:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

再会4-2

僕もね
いろいろ考えているんですよ
ひとみさんと出会ってからですね
誰かを助ける事が仕事なんじゃないかと考え始めたのは

最近なんですか
私は15年間の悩みから解放されてとても感謝していますよ

でも、責任があるじゃないですか
僕が言った事でその人の人生が変わるという事もあるはずです

それはそうですね
私も変化はありました
言われた事は実行しますけど、それで悪い事が起きたからと言って責めたりはしませんよ
実行したのは私ですから

そこがひとみさんなんですよね
自分以外の人の自由は認めているんです
ひとみさんの最終的な目標は「自由」なんですよ
自分の自由を受け入れることは実はとても簡単で、他の人の自由を受け入れることはとても難しい事なんです
しかし、ひとみさんは他の人の自由は当たり前に受け入れることができる
でも、自分の事は出来ないでしょ?

できませんね

それがねぇ
ひとみさんにとっての幸せはひとみさんが決める事なんですよ
他の人から見て不幸だと思われてもひとみさんの幸せは違うかもしれません
自分が自由になると心が軽くなるから散歩、してくださいね

はい
がんばります
子供に嫌がられながら付き合ってもらいます
あの、お盆に彼がいたと思うんですけど

あー、居たみたいですね
一緒にいるから、っていう事を伝えたかったんだって言っていますよ
今は彼も安心して楽になっていますから
魂の姿に戻っています
1年前まではほぼ肉体があるときと同じ状態で、ひとみさんが心配で心配で張り付いていたんです
彼も苦しかったと思いますよ
今はひとみさんが感じない程度にそばにいて、たまに合図を送るみたい
姿を見せるのはすごく集中力が必要なんです
魂になると生きていたときと違う形になりますけど、わかってもらえるようにひとみさんの記憶に残っている服を着たり、香水を付けたり、同じ体型で現れる努力をします
彼は今ほっそりしていて肉体のある頃とは違うと思います

写真見ます?

写真持っているんですね
全然違いますね〜 こんな感じなんですね
今はひとみさんと一緒にいたときと同じでおおらかでのんびりした性格です
ひとみさんみたいな人ってほんと珍しいですね〜
何かをしてあげるだけじゃなくていいんですよ
誰かに何かをしてもらって心が温かくなる事もひとみさんの人生では必要なことなんです
助けてもらう自分を受け入れることも大切なんです

そうですか
何かをしてもらうのは苦手です
手を煩わせたり、時間を割いてもらうことはとても勇気が要ります
だから今お会いしている事も申し訳ない気持ちでいっぱいです

それが僕の仕事ですから
協力しないとたぶん彼が怒りますよ
それにひとみさんの魂は勉強になります
世の中負けず嫌いな人が大半なのに戦わないし負けることを嫌がらない

よくわかりますね
気持ちよく離婚してくれるなら旦那が勝てばいいと思っていました

初めて会ったときからこういう人が存在するんだと興味深かったんですよ
勉強になってます

そのわりに幸せにならないですね・・

エネルギーあげすぎです!
空っぽですから
エネルギーが溜まるとほしいものが近寄ってきます



世間話をしながらエネルギーが溜まったらまた会う約束をして別れました。
見えないものが見えるのは羨ましいけど、やっぱり大変な日常なのかもしれません。
家に帰り食器を洗っていてふと横を見ると、彼がフライパンを持って料理をしている姿が見えました。
笑ってしまいました。
それも一緒にいる合図?
とても集中力が必要なのに料理なの?
よくごはんを作ってくれた彼を思い出しました。
きっと彼も今日はまた私と話せて嬉しかったんでしょうね。









posted by ひとみ at 13:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

再会4-1

もうこの題名を見れば、「視える彼」と会った記事だとわかる方もいらっしゃるかもしれませんね。
1度会うと数時間は話し続けるわけで、もう彼は心許せる知人です。
家が近所なんだ!なんていう話から始まりました。

ひとみさんみたいな人っているんだなぁって初めて会った時思いました

私みたいな人ってどんなでしょう?

もともとの魂の事です
穏やかで温かく優しい
自分の事は何もしてもらわなくていいのに何でも与えてしまう母性のような。
とにかく、そういう人はとても珍しいんです
丸いケーキがあるとしましょう
ひとみさんは1/4あればいいよ、と言って、もう一人の人は3/4貰ったとします
でもそのケーキは本当は半分ずつ食べなくてはいけない事になっているんです
人のものを貰ってはいけない
しかし、ひとみさんは自分の分をあげていることを負担に思わないし、だからと言ってほかの人から貰って補う事も絶対にしません
誰かのものを奪う人は必ず他の誰かに奪われます
そして心に汚れが染み付いていくんです
ひとみさんは誰からも貰わないし与えるだけで、自分のエネルギーがなくなっていっても満足しているけど、今のひとみさんはエネルギーをあげてしまって普通の人が10持っているエネルギーを2しか持っていません
空っぽなんですね
でも人から奪う事は本質でできないから補充する必要があります
木のある所を出来るだけ歩いてください
植物は与える事を仕事としています
そして人のエネルギーに染まりやすい
エネルギーが溜まってきたら今までなかなか見えなかった先の答えが近寄ってきます
そして決断が早くなります


鏡の次は森の散歩です。
私は一体なんなんでしょう?
珍しい生き物なのでしょうか。当たり前すぎてわかりません。

森の散歩ですか・・・
確かに散歩は好きですけど

ひとみさんとメールのやり取りをしている時、亡くなった彼がまた隣にきまして、

「こいつまだこんなんなんだよ あきれるよ」

ってぶつぶつ言っていました
だからひとみさんと会う前からどうすればいいか考えていたんです
ひとみさんと会う約束をしている時は、もうひとみさんは溺れているんですよね
自分自身のせいではなく、幸せをあげすぎて自分では上がれなくなっています
だからそこから毎回引き上げてあげるのが僕の仕事です

じゃあ私が本質的に変わらなくてはいけないということでしょうか?

変わる必要は全くありません
ひとみさんと一緒にいると何かに包まれているようなエネルギーを貰ってみんな居心地が良くなって離れていきません
生前の彼はどんな方でしたか?

中性的でした
穏やかでおっとりしていて優しかったですよ

ほんとに?

私といる時はそうでした
でも亡くなってからいろんな人から話しを聞くと結構攻撃的というか荒々しかったんだと知りました

彼は肉体を持っていた頃は攻撃的でしたよ
でもひとみさんと一緒にいると、ひとみさんに勝つ必要はなく、居心地が良くて大人しくなってしまっていたんです
他の今まで付き合った方もそういう人が多かったはずですよ
絶対に自分から手を離せなくて居続ける人がいたはずです

でも旦那は全く反対でしたよ?

彼は本質的に合わなかったんでしょうね〜
恋愛とは別で考えてもひとみさんといると楽だと思う人は沢山いると思います

そういうものですか

はい
ひとみさんはかなり進んできていますよ
魂の本質と今の性格がほとんど同じになっています
温かくて穏やかで包み込むように優しい

女神ですね

まさに
だからとても珍しいです



女神ですって。
そんな現実離れした話からスタートです・・・






posted by ひとみ at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

命日と誕生日

昨年彼への手紙を書いてからまた1年経ちました。
16回目の命日となります。
そして私も今日でまた一つ年をとりました。

この1年はとても意味のある1年だったと思います。
深海を歩き続けた私でしたが、「視える彼」と出会ったおかげで光が見えるようになりました。
私達以外知り得ない話をする「視える彼」から彼の言葉を聞く事ができ、長い間の問いかけの答えを貰った喜びを胸に日々暮らしています。
彼が死んだのは自分のせい、などと大それた事を思ったことはありませんが、力不足だった私への後悔は自分がダメだった分だけ彼が居なくなった溝を悔やむ気持ちで埋めていきました。
その悔やむ私へのもう手の届かない彼からのメッセージは生きる力、優しさを取り戻す力になったと実感しています。
自分の力のなさを受け入れ、力がないなりに人生の区切りをつけることができた私へのご褒美でした。
このブログで彼への手紙を書き始めた頃は、悔やみと苦しみで心が一杯でした。
日々の目の前にあるノルマをこなす事で精一杯。
ただ息をして、ただ年を取り、人知れず静かに暮らし、寿命が来たら迎えに来てもらう。
たかが後悔が私をどうしてそんな風に変えたのか不思議でたまりません。
世の中にはもっとつらい思いをした人が沢山居るのに、どうして私はそんなに堕ちてしまったのでしょう。
答えは見つからないまま情けないと思いながら暮らしました。
しかし、もう私以外にとっては大昔の話です。
私にとっては昨日の事のようなのに、他界して2年も経てば彼は忘れ去られていくのです。
あの頃産まれた友人の子供は受験を迎え、結婚15年だ、10年だという現実の中で、私の過去の話は自分自身で口外しないのもとして心の中だけで生き続けました。

自分でしまい込んだはずなのに、毎晩引き出しを覗いてはまた明日も頑張れるように話しかけます。
そして日中の私は夜の思いを引き出しにしまって別人になり、ノルマをこなす為に会社でも家でも働き続けます。
その別人の私を見破ったのが「視える彼」だったのでしょうね。
私があんまりしつこいから苦肉の策で彼が「彼」を連れてきてくれました。
私はこのままでいたらもう自分を許さない事に彼は気がついていたのかもしれません。
最近、人を許す事は簡単なのに、自分を許す事はとても難しいと気がつきました。

星空を見ては「今日も見てるかなぁ」と彼を思います。
あの世という嘘のような本当の世界が身近に感じるようになりました。
死んだら終わりだけど、見守っていてくれる事もある。
彼の写真を財布に入れて持ち歩き、たまに眺めては「あと十年したら私の子供の写真と間違われるかな」なんて年を重ねて思います。
いつの間にか大人になったんですね。
きっと私は大器晩成型です。
これからはもう嫌な事が起きないことを願っています。
見守っている割には、彼は力不足なんじゃない?なんて思いますけど。



posted by ひとみ at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 死んだ元カレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。